「あっ、やば」


先生の声と周りがざわざわとうるさい中、私の小さな声はかき消されたことだろう。
しかし、真面目に授業を聞いていた隣の人くらいには聞こえてしまう大きさではあったわけで。その隣の人っていうのは、毎日毎日素敵な横顔と長い睫毛を嫌というほど見せつけている(まあ私がみているだけといえば、そうなんだけども)白石くんなわけで。

なにがやばいって、消しゴムが落ちてしまったのだよ、その、白石のくんの下に。そう、彼の股の間に(この表現には我ながら乾いた笑いしか出て来ない)。


「白石くん」
「ん、おお、、なんて?」
「消しゴムとってもらえる?」
「ああエエで」


ほい。と消しゴムを渡され、そのまま目線は黒板に戻る。
休み時間なんかは忍足くんやテニス部の人たちとボケたりつっこんだり、楽しそうに話している白石くんなんだけど、授業は真面目に受けるんだよなあ、これが。だから苦手科目ナシという完璧なステータスが完成するわけなのだろうが。だから席が隣になったからといって、大幅に交流が増えるかと聞かれれば答えはノーなわけである。
なんて考えながらまじまじと白石くんの顔を眺めていると、白石くんの黒目がこちらに動いた。(…あ、やば)


「また落としたん?」


もう一度イスの下を見てくれたのだが、落とし物なんてあるはずもなく、しかし私はなんとか会話しなくてはいけない状況に追い込まれたのだった。ああ!


「いや白石くん、熱心になに見てるのかなあ、と思ってさ」
「なにて、そら黒板やろ」
「まあ、黒板だね」
「せやろ、ほんならは黒板以外なに見てるん」
「ええ、外とか、時計とかー、携帯とか…(白石くんとか)」
「携帯はアカンなあ、真面目に聞かんと、また赤点とるで」
「ちょ!なんで知ってんの…!」
「お隣さんやから」


ニコ。っと私に笑い掛ける白石くんは、初めて見る光景で、目を逸らしたくなるほどキラキラしていた。やば。


ちゃん、」
「へ、(いやなんで名前)」
も俺のこと名前で呼んでエエで。仲良うなった記念や」
「白石くんの基準でよく分からないね」
「名前やないと返事せえへんよ?」


特に会話をするわけでもないし、私が白石くんを名前呼びする必要はないんだけども。
まあ、私は綺麗な顔した白石くんに少なからず好意を持っているし、白石くんも名前で呼ばせてくれるということは嫌われてはいない、ということなんだろうから、それは嬉しいんだけど、も。(ん、嬉しいのか私)


「じゃあ次の行から、


…。(……さあ今日一番の、やば!!がやってきましたよ)白石くんと話してたから何も聞いていなかった私に、先生のご指名がきた。次の行って、なに。急いで教科書をめくる私を、隣から白石くんが眺めていた。これは…助けを求めるしかない…。


「くら…」


あれ…

やば……



白石くんの下の名前ってなんだっけ




「くら…すけ?」
「…(くらすけて)」
「くら…(えもん、はないよなあ)」
「…(え、もしかして)」
「…く…くら」
「(俺、忘れられとる、なんてこと…)」

「!蔵ノ介!!」
「…!」


ああ思い出した!しかし、嬉しくて思い切り白石くんに顔を近づけて大声で名前を呼んでしまった。白石くんは、何だか微妙な顔をしている。(大声で名前出してしまったせいだろうか、頬っぺたが赤くなっている。)
いやでも返事してくれなかった白石くんが悪いだろう、これは。変な条件だしてきて全く…!

それどころではなかった。先生は私のすぐ横まで来て引きつった笑顔を浮かべていた。や、ば、い。


「…って、呼んで欲しいんですって、白石くん…はは、お茶目ですよねえ…先生…」


コーリングベイビー



「おお白石、何や、とばっちりくらってとんだ災難やなあ」
「なあ謙也…やっぱカワエエわ…(ぽ)」
「(…やっぱこいつも頭可笑しなあ)」