「思いっきり ぎゅう、ってしたくてたまらんばい」



千歳の部屋でピコピコとゲームをしている手をそのままに、私は横目で声の主を見やる。相変わらずぼーっとした視線だが、その目はしっかり私を捕らえていた。



「ちい、私べつに落ちこんでないよ」
「うん」
「フられたっていっても、一ヵ月しか付き合ってなかったし」



そう。昨日私は、一ヵ月前から付き合っていた彼氏と別れた。けれど、特に依存していたというわけでもなく、これが初めてというわけでもなく。ただ私は、今まで彼氏と一緒にいた分、別れたあとの人恋しさに、その恋に区切りがつくと千歳の部屋に逃げ込んでしまっている(と、思っていることだろう。少なくとも千歳は)。
優しい千歳は、そうやって私を受け入れて、今みたいに気を使って優しい言葉を掛けてくれる(と、思っていたの、私は)。



「なんの話と?」



なんて思っていると、私の思考を遮るように、きょとん、とした声が響く。笑顔のまま私を見つめ、不思議そうにそう言い放った。うう、ううん…?



「そぎゃんこつやなくって、ただ、ぎゅうってしたくなっただけったい」
「なにそれえ」
「こっち来なっせ」



胡座の足を立て直し軽く足を開いて、野良猫を呼ぶときと同じ声色で私をそこへ導いてくれる。私の思考を否定するかのように、千歳が私の恋愛の話なんか興味がないみたいなふうに振舞うから、私は逆に安心してしまって、千歳と同じような笑顔を返した。
ゲームのコントローラーを置き、電源を切ろうとした辺りで、いつの間にか自分からこちらへ近づいてきていた千歳に背中から包まれる。



「わあ!…自分から来たー」
遅かー」
「いま行こうと思ったのー」
「ふふ」
「…ちい?」
、またちっこくなったばい」



そんな身長縮まないわーと軽く笑って千歳に背中を預ける。(そうか、また千歳大きくなったんだ)私の肩におでこををくっつけて、眠たそうに会話を続ける千歳。その頭に頭を乗せて私もまた、眠たそうに話をする。そのふにゃっとした声のまま、何気なしに千歳が言う。



は」
「うん?」

はちっこいから誰の体にもすっぽりおさまるんやろねえ」

「…ええ?」
「…んー…」
「ちい」
「んー」
「そっち向きたい」
「そっち?」
「ちいの方ー」



千歳の真意が読めなくって、私は力の緩まったその腕をぬけ、向きなおして今度はこちらから抱きしめる。



「ここまでしっかりおさまるのは、ちいだけよ」
「……、むぞらしかぁ」
「ちいは誰でもおさめられちゃうねえ」
「したらがきたときに、こうやってできんから、」
「…から?」
「…だれも入れられんばい」
「んふふ」



どこまで本気で言ってるのか分からないけど、嬉しくなって、そのあとに
「次はもっと良い男と付き合えると良かやねえ」
なんて、また真意の読めないことを言われたけれど、たぶん私はまたすぐに次の彼氏とも別れてしまって、こうして千歳のところへ行く。千歳も、ここを誰にも明け渡さずに私を待っていてくれる。
それが良いのか悪いのか、千歳もはっきりしないもんだから、私は千歳にまた甘えてしまうの。
ああもう、だから千歳、はやく好きって言ってよ。





散り散り



メランコリィ

(どんなにくっついていても、言葉がないと繋がらないの)